夢は「見る」ものでも、そしてもはや「叶える」ものでもなくて。

「夢はあるけど、叶えたくないんだ。

だって叶えたら現実になっちゃうじゃん。

現実って地味じゃん。

なんかキラキラしてないじゃん。

だからさ、

夢を地味な現実にしちゃうと面白くないから

だから私夢を本当は叶えたくないんだよね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日自分の中のすっっごく大きな設定に気が付いてしまいました。

この話をするにはまず私が「夢子である」ということからお話しないといけないのですけれど

私は基本的に

「キラキラ輝く甘い夢を見るロマンチスト〜少女仕様〜=夢子」

でして

もう愛とか夢とか希望とか世界平和とか祈りとか情熱とか家族愛とか友情とか

美言とか名言とか叶恭子とか松岡修造とか大好きなわけです。

(ごめん、松岡修造はそこまで好きでもないや)

 

 

さらにすっかりスピリチュアルな世界も受容できるようになった最近では

小学校からキリスト教学校にいたことも追い風になり

神様もマリア様も天使も妖精も龍もユニコーンもシヴァもサラスヴァティもパールヴァティもアルダーナリシュヴァラもラーもアマノウズメも八百万の神も花も風も木々も米粒も何から何までもう大好きなわけです。

宗教という「特別一つの大いなる何か」を軸にするスタンスではなく「もう、みんな最高やな!大好きやで!」なわけです。

 

 

で、そこまではいいとしても、私の場合非常に自分としては残念かつ度肝抜かれた自分の性質は「そういうロマンチックだったり空想的な手に届かないようなキラキラしたもの」が好き過ぎたが故に「それを現実にする」ということにすごく抵抗があったようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜか。

なぜキラキラしたものを手に入れたくないのか。

なぜなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実は地味だからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(°▽°)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前引っ越した際「この部屋にはお気に入りのキラキラしたものしか置かないぞっ!」と意気込み家中のタオルを今治タオルの最高級のやつに買い換えたんですね。

ふわっふわのやつ。

お風呂上がりはふわっふわに顔を埋めて「ふわ〜♡」となるわけです。

もうふわっふわなわけです。

気分最高、私最高、今治最高!なわけです。

でもある日気付いたわけです。

今治タオルとて、そのうちくたびれていくということに。

 

 

その時私は体感(脳でなくカラダで理解)しました。

「どんなにキラキラしたものを集めたとてそれらはそのうちこうやってくたびれていくのね」

つまり

「最高級の今治タオルを使ったとて生活とは/そして転じて現実とは非常に地味である」ということでした。

 

 

生活は地味。

現実は地味。

生活は、現実は地味だから

キラキラしてないから

夢見ている方が、タノシイ。

それが私の中の設定でした。

(°▽°)おい。

 

 

ですので

当然何か夢を見ても/それを目標と言い換えても

やりたいこと♡なんてリストにしても現実が動くわけもありません。

本当は叶えたくないんだから私が軽やかに動くこともありません。

(潜在意識の破壊力パない)

遠ければ遠いほど煌めいて見えて美しいのですから

海の星をコンパスに航海していくより

海の星をコンパスに航海するのってなんかイイよね♡という感じです。

夢子かよ!(夢子です)

 

 

そんな設定に気が付き「おい、俺!www」となった今では私の辞書を書き換えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢は【見る】もんじゃない。

ましてや【叶える】ものでもない。

夢は【やる】ものである。」

「夢は、やるもの。今まさにここで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今思えばあらゆる本に書いてあったもんな。

例えば予祝ももうなりたい状態になってるつもりで行動する、も

夢はいますぐ「やる」ということだったんだと思う。

 

 

カラダの中で【腑に落ちて】、

本当に自分が全身全霊でがちゃこん!と理解出来ない限り

ただの「頭止まりの誰かの情報」で終わるものなのねと再確認。

 

 

金持ちも

幸せも

愛されている自分も

【いつかなる】のではなく【いまそれにもうなる】ということ。

私的には【なる= become】ではなく【やる=doでありstart】のほうがしっくり来ますけど。

 

 

夢を持っていたとて今まだ叶っていない方が

愛されたいと思っていたとて今まだ叶っていない方が

金持ちになりたいと思っていたとて今まだ叶っていない方が

豊かになりたいと思っていたとて叶っていない方が

もしいたなら

私と同じように

「夢の持つその甘美過ぎる輝きが故に遠目で見てるほうが楽しい♡」になってませんか?と

「手に入れたいですか?見てるだけで満足ですか?」と自問したなら

何か紐解けるかもしれないなと思っています、よ◎

 

 

 

 

 

【夢はやるもの】

それは一見非常に地味なイメージでした。

コツコツとか

地道とか

そういう泥臭いものより

ワープ!きらきら!ハニーフラッシュ!

が好きな私でしたから尚更。

 

 

 

 

 

でも今人体実験として【夢をやる】に徹している最中手に入れた感覚は

【夢をやっている最中は

現実状況としてはそれに到達する以前の状態ではあったとしても

見ている時とはもちろん

達した時ともきっとまた違う恍惚で特別な瞬間が沢山ある】ということです。

(新アルバム「MUSE」のレコーディング前に気付けて本当に良かった!新しい私で歌えましたし、何よりパートナー:ロビンとのレコーディングの時間が先述の「夢は到達してなかったとて、それをやってる時もまた格別に恍惚な瞬間が沢山ある」とわからせてくれましたよ)

 

 

全ての人へ。

今すぐあなたの描く夢を【do】してくださいませね。

夢は【やる】もの。

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