「忘れてた。世界は俺達を試そうとしているんじゃなくて

俺達と遊ぼうと思ってるだけなんだよ。」byロビン

 

 

現実が時に厳しく見える時、

それは世界が私達につきつけた挑戦状などではなく

「ほら【もっと】リラックスして!

楽しく一緒に遊ぼうよ!」

というお誘いだね、とロビンと話していました。

 

 

ここでやり方を間違えたり

自分の本音/ココロを汲み取らず

自身に鞭打ったりしてしまうと

現実はますますその厳しさを増すことがあるけれど

それすら世界からの優しいサイン。

 

 

ちがーう、ちがう、ちがうよー

何もいらないんだよー

いらないもの、ほらっ、ぽいして遊ぼう!

 

 

地球に生まれて色んな情報や

ゲンジツテキナコト

ゴウリテキナコト

ユタカサ、と定義づけられ

自分のそれとは違うのに丸呑みしてしまったまま

吐き出せなくなって執着してしまったコト

たくさんあるけれど

現実/世界はあらゆる方法で

ちゃんとサインをくれています。

だからこそピンチはチャンスと言われるのだろうし

私的に言えば

「絶望は希望に変わる前兆」なんだと思います。

私は、食べたいものを食べたいです。

しかしながら、その前にはもちろん

食べたいものをわかっていないといけません。

自分が自分を

わかってないといけません。

でも時に、自分がわからなくなっても

現実はその自分のズレを教えてくれて

ちゃんと何度でも身軽にしようとしてくれますから

間違ったり失敗しても問題はありません◎

 

 

突然些細なレベルで不調になり

それでも、たとえ些細だからと言って

決して不調を取りこぼさず

どんなに

「私は他人より頑張っていない気がするぅ」なんて

自責の念にかられたりしても

「もう何もやりたくないの。今日は調子が悪いの。焼肉が食べたい。」と吐き出すことが

時にとんでもない未来を連れて来ます。

 

 

自分が今何を食べたいのか

自分がわかっていないと食べられないし

自分が今何をしたいのか

自分がわかっていないとやれません。

そしてそれらを紐解く全ての鍵は

現実が「一見厳しさに見える奥深い優しさ」をもって

いつだって教えてくれています。

「カラダの状態」がヒントです。

「ココロの状態」がヒントです。

 

 

食事が始まる前はちゃんと「いただきます」を。

たくさんの命で出来ている僕らは

頂いた命の分だけ

繋げてくれた命の分だけ

カラダになってくれた彼らと共に

たくさん笑ってないと失礼ね、と

思っておりますよ◎

 

 

「世界は俺達を試そうとしているんじゃなくて

俺達と遊びたいだけなんだよ。

そして

何をどうやって世界と遊ぶかは自分達次第なんだ。」

 

 

素敵な言葉に美味しいお肉。

素敵な人と結婚したなぁと思わせてもらいました◎

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